以前、ローカルのラジオ局でお花の番組をさせていただいていたことがあり、
よく「落ちがないしゃべり」と言われていたのを思い出す。
先日も出版関係の方に「だからなんなんだ」がわからない、と。
実はものごとにテーマはあっても答えのでるものはほんの数パーセントと思っているので
すべての表現に現れてしまうのかもしれない。
だからなんなんだ、を探すのは私にとってとても難しい。
しかしながら、それを明確に打ち出さなければ
傍から見て消化不良になってしまうのかもしれない。
講座や講演の時なども
リアルなノンフィクション実話を話すので淡々としている。
いったいなにを言いたいの?
だからどうしたらいいの?
あなたはそれでどう思うの?
そんな質問にびくびくする(笑)
なんにも思っていないことが多いから答えはないんです、と言っても
理解していただけないときは
じゃあ、納得していただくにはどうしたらいいかを考えて、後付けする。
答えは何通りもある中から、相手の方の好きそうなものを選んだりもする。
そんなことを数年続けているうちに見えてくる答えがある。
それは、たいがいなんにでもあてはまることのように感じること。
自然なお産の吉村正先生は
「だいたいきっちりしときゃあ、本質にぶちあたる」とおっしゃったけれど、
なにかひとつをずっと長年つきつめていくと
なんのものごとにでも通じる理屈でない感覚にぶちあたるときがある。
植物で言えば根っこや種のようなもの。
それは、人に教えてもらうより
自分で苦労して苦労して気づいたときのほうが喜びは大きかった。
でもそれは自分で気づいたと錯覚しているだけで、
その実なにかしら誰かの影響を受けていることにも気づく。
明日から月末まで 余市、札幌、福岡、古平と楽しい人たちと初めてののかかわりが待っている。
自分にとって、気持ちいい気、気持ちいい人、気持ちいい環境に身をおけることが
ほんとうに気持ちがよくて、こころ踊り、うれしいな、とそう思う。
人との出会いと再会も楽しみです。← おち?
森直子 HP http://harufds.com

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